巻末の解答

勉強したこととか、旅行したところとか、好きなアイドルの話とか

迷惑電話攻防戦

同期「電話の相手が君のことが好きなメンヘラだったらどうする。」

僕「・・・」

同期「それか君に別人格があるか・・・」

僕「どちらにせよ結末は知りたくないな」

迷惑電話攻防戦

4月25日 水曜日

非通知

ゴールデンウィークまであと少し。残り3日でどこまで終わるか。

ぼんやり考えている最中、前に座る派遣社員Aさんが不穏当な伝言を僕に伝えた。

「あっ、そうだ。昨日と一昨日の2日間でざーくん*1宛てに電話がありましたよ。」

社給で一人一人に渡されている携帯電話には2日間で特に電話はかかってきていない。

昨日、一昨日ともに会社にはいなかったから応対できなかったか。申し訳ないことをした。急ぎの用件でなければいいが。

「代表電話にですか?それでどんな用件でした?」

「それが、会社名と名前だけしか言ってくれなくて。番号も非通知でした。」

得体の知れない相手が自分を名指しで指名していることに薄気味悪さを感じつつ、相手の会社名と名前に心当たりがないか自分に問いかける。

「思い当たる人はいませんね。」

「その会社、あとで調べてみたんですが、なんか数学・理科教育に特化した塾・・っぽくて」

大学のホームページでも見たのだろうか。確かに僕の専門は数学だったけれども、具体的に所属している部署まで特定して電話なんて・・・不可能だよな。

「また日を改めて電話してくるそうです。」

「それなら待ちますか。」

タイミング

昨日、一昨日とかかってきたなら今日もかかってくるのだろうか。一体全体どこの誰なんだろう。まったく変なことで集中力が途切れてしまった気がする。

仕切りなおすためにコーヒーを淹れに自席を離れたときだった。

「先輩、ちょうどいま電話がかかってきました。同じ人です。」

「え!もう切れちゃったの?すぐに戻ってこれたのに。」

「それが『急ぎじゃないので』の一言で切られてしまって」

3日間も連続で電話をかけておきながら「急ぎじゃない」と言える用件とは。薄気味悪さが嫌悪感に近づく。

「先輩、明日は在宅勤務の予定ですよね。」

「気味が悪いから早めに片を付けるか。出社に変更。」

4月26日 木曜日

わざわざ

本来であれば自宅で黙々と作業をする予定だった。あの奇妙な電話さえなければ。

いつかかってくるかわからない電話を最初は気にしていたが、仕事を進めるうちにもはや微塵も気にしなくなっていた。

プルルルル、プルルルル

鳴った。代表電話が鳴った。手元の紙をさらりと翻し、ペンのインクが切れてないことを確認する。

「はい。株式会社○○、△△チーム代表電話です。」

「お荷物のお届けです!」

意を決して出た電話は全くの見当違い。だんだん腹がたってきた。今日一日中、いつかかってくるかわからない電話に仕事の邪魔をされるのだろうか。

非通知でかけてくることも、用件も言わないことも失礼極まりない。

もう代表電話の応対はいつも通り派遣社員の方にしてもらおう。

午後

あと2時間ほど定時。もう今日はかかってこないんだろう。どうでもいい。

プルルルル、プルルルル

チラリと代表電話に目を向ける。派遣社員のAさんはもう受話器に手をかけていた。

「株式会社○○、△△チームの××が承ります。」

ん?会話が続いている気配が感じられず思わず顔をあげる。

Aさんの顔に戸惑いがにじみ出ている。

「同じ人ですか?」

「どうでしょう・・・。私が名乗った後にガチャ切りされました。」

「え?」

手を止めて立ち上がりすぐに発信番号を確認する。

「非通知ですね。」

おそらく同じ人なんだろうけど、だとしたらあまりにも失礼じゃないだろうか。

近くの席の人も僕たちの様子がおかしいことにさすがに気付いたようで、みんなわらわらと集まってきた。

ここまでのことの経緯を話し終えるとみんなが口々に仮説をたてた。

「セールスじゃない?」

「客に対してなんて失礼な。」

「嫌がらせ?」

「どこでそんな恨みをかったんだろう」

「じゃないと説明できへんのちゃう?だってほとんどざーくんが席外してるときばっかりやん。」

確かに。ここまで僕が出れないタイミングで電話がかかってくることがあるだろうか。

最後の一回に関しては僕が電話対応を代われると知って(どこからか見て)ガチャ切りした可能性もなくはない。

「それにしても、やっぱりざーくんすごいな。こんなに人がいるのにこんな迷惑電話の標的にされてるの君だけやろ。聞いたことない。」

「運がいいみたいな言い方しないでくださいよ。」

「まさか自作自演ちゃうやろな!」

「そんなメンヘラみたいなことしないですよ!!」

起こっていることはシリアスだが標的は誰でもない僕である。誰も真剣に考えずほぼネタである。

「え、ざーくん。このままもしかしてゴールデンウィーク突入?」

「うわ、最悪」

4月27日 金曜日 ➡ 5月13日 月曜日

金曜日。ゴールデンウィーク前の最終出社日である。

待てど暮らせどかかってこなかった。もう諦めたのだろうか。

幸いなことにゴールデンウィーク中はまったく気にならなかった。

というか他に気になることがたくさんあったのだが。それはそれとして、ゴールデンウィーク明けにはもうこの騒動も風化しつつあった。

5月14日 火曜日

そろそろ終わりなのに

この日しなければならない仕事にある程度目途がついた。運よく今日は自宅で仕事をしている。ゆっくりコーヒーでも淹れて一息つきたいと考えていたところ、後輩から一通のチャットが飛んできた。

「例の人、○○さんから電話がかかってきました。先輩の社給携帯の電話番号を伝えておきました。」

僕は10分ほど「○○さん」が誰なのか全くわからなかった。そしてようやく思い出す。

「え?まだ諦めてなかったの?」

ここまでくればもはやホラーである。そこまで僕に執着する理由が全くわからない。

「次は僕の社給携帯に電話がかかってくる。」

ところが予想に反して電話はすぐにはかかってこなかった。それどころか数日経っても電話はかかってこなかった。

5月21日 火曜日

朝から同期と

まだ10時前なのにすでに暑い。今日は一日出張だというのに先が思いやられる。

出張先にて自分が担当している仕事が思いのほか早く終わったため、今日一日行動を共にする同期と雑談をしていた。雑談のネタも切れかけていたところ、僕は迷惑電話の騒動を話していないことに気づいた。

「そうそう。話してなかったと思うけど、ゴールデンウィーク前から僕宛ての迷惑電話が会社にかかってきてて」

「電話の相手は女性?」

「違うよ」

同期は物珍しい話に適度に相づちを打ちつつ、こちらが話し終わるや否や

「電話の相手が君のことが好きなメンヘラだったらどうする。」

「・・・」

「それか君に別人格があるか・・・」

「どちらにせよ結末は知りたくないな」

「君が電話に出れないタイミングにちょうど電話がかかってくるのも1回2回じゃなくてここまで続くと・・・」

どちらの仮説も真実であって欲しくはない。真相なんてもうきっとわからないままだろう。そんなことを思っていると、気づけばいつの間にか全員の仕事が終わっていた。

決着

相手は僕の携帯の番号を知っている。にもかかわらず電話を1週間もかけてこない。

意味が分からない。やはり嫌がらせだったのだろうか。だとしたら誰だろう。

代表電話の番号と僕の名前と所属を知っているということは犯人は会社内にいる可能性が高い。とは言え、こんなことにいつまでも付き合ってられない。まあほとんどネタになっているので困りはしないが決着はつけたい。

そんなことを思いながら出張先から事務所へと戻り、仕事を再開させて1時間ほど経った時だった。

プルルルル、プルルルル

鳴った。僕の社給携帯が鳴った。登録されていない番号から。

「○○、△△チームの××です。」

「株式会社~~~の~~です。××さんの携帯でお間違いないですか?」

やっと話せた。この1か月の戦いが終わりに近づいている。

「はい、そうです。」

「私、〇〇グループ様の社員様向けに不動産投資の~」

携帯を投げたくなった。1か月の攻防戦の真相が“不動産投資”?

なめてるのか。もっと予想の斜め上を行く真相じゃないのか?

電話先で相手が何かを言っているが興味をなくした僕にはもはや日本語にすら聞こえない。

「あの~、どうですか。ご興味ありませんか?ほんと10分でも聞いていただけるようにしっかり資料作ってご説明させていただきますので」

資料?なんの資料だ。1か月もかけて嫌がらせをしてきたことの説明資料か。

「いや~お生憎、投資関係の話には全く興味がなくて」

「ほんとに少しのお話だけでも」

「ほんと興味ないので、もうこの話はこのあたりで」

「必ず納得いただける資料をお持ちしますので」

「このあたりにしておきましょう。これ以上続ける場合は弊社の総務に報告させていただきます。」

「失礼いたしました。」

相手には相手の事情があるのだろう。厳しいノルマもあるのだろう。しかし、投資の話には全く興味がないことも事実だし、なによりも今までの電話対応が相手の中身を物語っている。

 

怒りもイライラもしなかったが、代わりになんだか虚しくなった。

相手の電話番号を着信拒否リストに登録し、約1か月の物語が終わった。

「え?自作自演じゃなかったの?なーんだ。」

「疑いが晴れてよかったです。」

*1:X上での僕のあだ名を使わせてもらいます